スタッフボイス:預かり犬テンテンの思い出

※2013/09/21に投稿した記事の再掲です。

2011年の夏、当会の引き出し担当者から「センターに小さめの毛玉ちゃんがいるんだけど、どうかしら?」と電話がありました。

『小さめの毛玉ちゃん』とはずい分可愛らしい表現ですが、実際には黒い毛に土と汚物を練り込んで固めたような物体で、頭部らしきものが見え、脚が4本出ていることでかろうじて生き物だと分かるような状態でした。私は毛玉ちゃんを預かることに決め、保護中の仮名を「テンテン」としました。保護活動をしている人には誰でも、トリミングをして犬が劇的に変わる様子に驚いた経験があると思います。「こんなにかわいいシーズーだったのね」とか、「意外に若そうだわ」とか、嬉しい驚きに目を見張ったこともあるのではないかと思います。

しかしテンテンの場合、嬉しい驚きではありませんでした。腹部が膨れ、胸は垂れ下がり、皮膚は斑に赤く、目は白濁し、爪は伸び放題、耳の中は腫れて化膿し、半分ほどしかない歯は歯石でおおわれて口からはみ出していました。正直に言えば、何とも不可思議で異様、犬というよりは巨大なネズミのように見えました。

不可思議な、というのは容姿だけの印象ではありませんでした。全くの無表情で、目は何も見えていないような様子、我が家で先住犬たちに囲まれても無反応、鼻先に出した私の手を嗅ぐことさえしませんでした。抱き上げようとすると四肢を突っ張らせ、「キュー」というような音を出しました。テンテンが我が家での初日にしたことは、「息をすること」と「目を背けること」だけでした。

しかし翌日、テンテンは息をすることすら辛そうで、サークルの隅にうずくまったままピクリとも動かなくなっており、私は焦ってすぐに病院に連れて行きました。診断結果は、肺水腫、膀胱炎などなどなどで、どれもかなり重度とのこと。さらに重度の肥満。当会ではセンター引き出し後すぐに、不妊手術やワクチン接種など一通りの医療施術をするのですが、テンテンはどれもできる状態ではありませんでした。
家に連れて帰っても、私にできることは病院からもらった薬を投与することと、耳洗浄くらいしかありませんでした。人の手を怖がる子を抑えつけてケアすることは辛く、また苦しんでいるのを目の当たりにしながら役に立てないことが、とても悲しくやりきれない思いでした。

皮膚と耳の痒みがひどく、いつも長い爪で掻いていたので、冷たいタオルを当てたり、そっと撫でさすったり、自己流のマッサージをしてみたりしました。私は何とかして「人の手は悪くないものだよ、あなたが好きだよ、あなたは頑張って生きなくてはいけないよ」と伝えたいと思っていました。テンテンは一度も吠えることも唸ることもなく、体を固くして時々キューっと鳴くだけで、すべてのことを受け入れてくれていました。

そうしているうちに徐々に、テンテンは変わってきました。私が近づくと尻尾を振ったり、家の中や先住犬のにおいをクンクンしたり、ご飯の用意をしているとワフっと小さく吠えたりという、犬らしい様子を見せるようになったのです。また肺炎や膀胱炎、皮膚炎などの症状もかなり改善され、体力もつき、時折家の中を走り回ったりするようにもなりました。さらにしばらくすると、私の後をついて回るようになり、抱き上げると安心して体を丸めて眠るようにもなりました。我が家での生活ルールや室内トイレも覚え、家庭犬としてもどんどん進化していきました。治療と減量がほぼ完了した頃に、不妊手術を受けました。そしてワクチン接種後にはお散歩デビューも果たしました。初めは外に連れ出すだけでガタガタ震えて私にしがみつき、地面に降ろすと腰が抜けて立てませんでしたが、何とか励まし、抱っこして景色を眺めたり、テンテンのペースに合わせてゆっくり歩いたりして外の世界に慣れさせました。デビューして1ヶ月ほどで、テンテンは先住犬と変わらないくらい楽しそうに歩けるようになりました。

センターから引き出してほんの3ヶ月程で、テンテンは精神面も健康面も外見も劇的に変わりました。シュナウザーらしい白い眉毛の下にある丸くつぶらな瞳は、白濁してはいても、ぱっちり開かれて世界をしっかり見つめていました。ちょこまかした動きは愛嬌たっぷりで、お茶目で能天気な性格は愛らしく、素直で愛情深い、とても素敵な女の子になりました。おそらく繁殖犬であったテンテンを、ひどい目に合わせたのは人間です。生まれてからずっと、愛情をかけられることも、適切な環境を与えられることもなく、過酷な日々を送ってきたであろうテンテンが、短期間で人に心を開き、愛情を覚え、ニコニコ笑って人について回っているのですから、私は感心せずにはいられませんでした。小さく儚(はかな)げで可愛らしいテンテンに備わった、強い生命力と大きな心を見て、私はテンテンだけでなく、犬という生き物の偉大さと素晴らしさを改めて強く感じました。

大げさに聞こえるかもしれませんが、私はテンテンの頑張りに感動し、「この世に生まれたからには、ぼんやりしていてはいけない。生きていることに感謝しなくてはいけない」と思い知りました。テンテンと過ごした4ヶ月間、私はかつてなく前向きで活力に溢れていたように思います。
テンテンと暮らした日々の思い出は、今でも私の中でキラキラと輝いています。

テンテンは今、目や歯のこと、過去に体の至る所に不具合があったことなどすべてを受け入れてくれた新しい家族の下で、のびのび幸せに暮らしています。(T)

※この文章は神奈川県動物保護センターの発行する「登録ボランティア通信」の第5号に掲載されたものを転載いたしました。「テンテン」は神奈川県動物保護センターから引き出した当会の保護犬(募集番号280c)です。

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